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最初のサイン・・・始りはアレルギー?!〜生い立ち〜

いろんな場面で健康談義のおしゃべりに花が咲いたとき・・
ホンマに詳しいねぇ・・・おっしゃって頂くことがあります。。。

 

どうしてココマデ「健康オタク」にならざるを得なかったか。。。

 

まずは最初にワタクシきょんのことから振り返ってみたいと思います。

 

 

私の母と祖母(母方の母)はそれは食に気をつかう人たちでした。

 

おばあちゃんはおじいちゃんと畑で無農薬野菜を作っていたのでよくいただいていいましたし
そのほかの食材にしても必ず裏を見て原材料名に不審(?)な添加物が入っていないか確認して購入していました。
生協さんも当時は今より無添加ものが多くてよく利用していたのを覚えています。

 

しかも母は父と結婚して初めて「インスタントラーメン」と対面するという経験をした人です。
そんな我が家の朝ごはんは(小学校当時はもちろんがっつり食べていましたので)
炊きたてご飯、具沢山味噌汁、おばあちゃんのぬか漬け、おばあちゃんの梅干入大根おろし
納豆、ちりめんじゃこの酢漬けなどなど
今で言うそこそこマクロビ的なメニューでした。
(お肉や卵、お魚はもちろん食べていました)

 

お野菜はほぼおばあちゃんの畑で採れたものです。
そして当時外で働いていた母のために、よくおばあちゃんが畑で採れた野菜でお惣菜を作ってくれていました。
だからインスタントものやスーパーのお惣菜、ポテトチップスなどは年に数回お目見えするかどうかのレベルだったのです。
外食も月に1度ほどで今ほどファミレスもなければコンビニなんてもちろんない!そんな時代でしたから・・・・・

 

ただし手作りてんこ盛りでも乳製品は割とよくとっていましたね。
小学生の頃はよくおばあちゃんちに預けられていたので
一緒にシュークリームやケーキをしょっちゅう作っていました。
それからおばあちゃんはパン作りが趣味だったのでよく手作りパンも食べていました。
生クリームもマーガリンもバンバン使っていましたよ^^;
ただ当時から「白砂糖はアカンで。体に悪いから。」がおばあちゃんの口癖でした。
当然お菓子作りにも「上白糖」や「グラニュー糖」を使わないのでちょっとベージュ色なホイップクリームだったり。。
30年以上も前なのに、そういう面について今から思えば先見の目がある祖母でしたねぇ。。

 

でも、高校生くらいになると自分でオヤツを買ってどんどん食べます。
部活(バスケット)をしていると本当にお腹がすくんです。
高校のすぐ目の前にお店があったので(通称・前店)食べ物飲み物はすぐにゲットできました^^;

 

でも若いから代謝がよかったんでしょうね。
乳製品も、お肉も、甘いモノも、加工食品や添加物もまだ処理の許容範囲だったんでしょう。。

カラダからのサイン・・・湿疹やアレルギー反応〜実家を離れた結果・・・〜

小学校からポッチャリ型だった私は小6〜高校までのバスケという激しい部活のおかげか
多少は引き締まったものの(汗)、特に目立ったアレルギーなどもなくほぼ無添加な食生活を送れていたと思います。

 

そして・・・・

 

高校卒業後に名古屋の専門学校へ進み、そのまま就職、結婚したのですが
ほぼ無添加育ちだったワタシにとって寮生活と一人暮らしは食の無法地帯でした・・・汗

 

特に就職して一人暮らしを始めたころの食生活はヒドイものでしたねぇ。。
お昼は外食かカップラーメン、夜も疲れて面倒になるとコンビニのお弁当だったりしたことも。

 

そんなツケは花も恥じらう結婚前のお年頃にやってきました・・・・。

 

まず23歳頃に顔に湿疹が出はじめ、目の上の湿疹がぼんぼんに腫れて岩さん状態に。。。
クチビルも赤く腫れて皮がボロボロ。。。
それが冬だけの乾燥とかではなく、年中なのですね。
なぜか左の手の甲にも湿疹がでました。
その後徐々に顔の湿疹は引いたものの、クチビルはアラフォーまでなんと15年以上に渡って苦しみました。

 

そしてそれとは別に26歳頃からストレスより花粉症も発症してしまいました。
その後、この花粉症さんとは末永くクチビル湿疹くんと共に末永くお付き合いすることになったのです。。。

 

特に出産後の花粉症悪化にいたってはホント辛かったです。

 

こうして実家を離れた私は「食」に対して、すっかり無頓着になってしまい
好きなときに好きなものを食べるという生活になり、カラダから数々の緊急サインを出すことになったのです。

 

 

 

本当の健康とは・・・〜カラダのサインを受け止めろ!〜

これはどうにかしたいとココロから節に願ったのがちょうど2年前の春。

 

アラフォー39歳の頃です。

 

さらにさかのぼること1年前の2008年。
当時の花粉症の症状はそれはヒドイもので、くしゃみ鼻づまりの後は、味覚がまったくないという症状に。
これは重度の『蓄膿症』になってしまったということでした。
お料理をしていても、ご飯を食べていても・・・まったく味がしない!のです。。。
本当に人生の半分以上を損している気分でした・・・涙。

 

ここまでくると・・・
最後まで抵抗していかなかった耳鼻科へとうとう駆け込みました。
血液検査、鼻のニオイを感知する検査、そしててんこ盛りの薬を処方され帰途についたのです・・・・

 

薬を飲みだして最初の2週間ほどで症状は随分軽くなり
味も感じることができるようになり本当に生き返った気持ちでした。

 

ただ・・・

 

この薬たちを処方していただくとき、先生にチラリと伺った言葉。
「この薬を飲んでる間は子供を授かることは難しい」
それはいったい何を意味するのか・・・・

 

実際子供をもう一人欲しいとからどうしようとか言うことではなくて
それほどまでに薬がカラダに及ぼす影響の方が怖くなって
1ヵ月後に再受診することもなく、薬の服用もやめました。

 

それからというもの、なんとか自然療法、民間療法でなんとかならないかと必死に模索したのです。

 

花粉症によいと聞けば、次から次へと・・・ありとあらゆることを試してみました。

 

ヨーグルト。
甜茶。
いろいろなサプリメント。
アロマテラピー。
ツボ。
お灸。
鍼治療。
アロマトリートメント。
ヨガ。
などなど・・・。

 

この中でもよかったものは今でもつづけています。
(でも、今振り返るとむちゃくちゃ間違っていることも多々ありますね・・・汗)

 

クチビルの湿疹も相変わらずだったので、同様にいろいろ試しました。
こちらはビタミン系のサプリメントなどを特にいろいろ飲んでみました。
(やっぱり『足す』ことばかりですね・・・汗)

 

クチビルの荒れがひどくなるタイミングは季節とかではなく、やっぱりというか絶対食べ物なんです。
化学調味料や保存料などケミカルなものを口にすると悪化していました。
『外食』するとそれはテキメンでしたね。
クチビルが赤く腫れてきて、その後ヒビ割れ出血したりもします・・・涙

 

そう、ワタシのクチビルは別名食品の『ケミカル度チェッカー』だったのです。
『無添加』をうたっていても、ワタシのクチビルはごまかせません・・・!(・ω・;A)

 

 

こうして、私の一番の悩みは『花粉症』と『クチビルの激荒れ』だったのです。。。

 

同時にこれは私のカラダからのサインでもありました。

 

 

まだまだあった・・・!〜カラダからのサイン続出〜

もちろん、『花粉症』と『クチビルの激荒れ』のほかにも抱えているものがありました。

 

浮腫み、ひどい肩こり、歯周病などです。

 

浮腫みは『脚』どころか、花粉症治療の為に鍼に通っていたとき
まず最初に『頭』が浮腫んでいると言われました・・・!

 

頭が浮腫む!?

 

そんなことってあるんだ・・・・

 

「あなたは水毒ですよ」とも。

 

つまり水分がうまく代謝されずカラダ中にたまってしまっている状態。
要するに毒素もたまっているのです。
よく水を1日1〜2リットル飲むとよいとされていましたが
それは個人差があるるから鵜呑みにしないようにと鍼の先生はおっしゃっていました。
(この時通っていた鍼治療院の先生はもと放射線技師の先生で
西洋医学に限界を感じ東洋医学へ転向されたそうです)

 

腎臓の機能も低下していたそうです。
食べ過ぎなどでたまに左側の腰のちょっと上がだる痛くなることもありました。
(今考えるとコワイ・・・)

 

妊娠中はそれはそれはひどい足の状態で、足の甲までパンパンに腫れてしまい
靴のサイズをアップしないと歩くこともできなかったのです。

 

 

肩こりはもう中学生の頃から慢性化していました。
右側は腱鞘炎になったことも多々ありました。

 

 

それから手ごわくて侮れないのが歯周病です。
私の歯は40代の今まで1本も虫歯がないという優等生だったのですが
それが災いして歯医者へ行くことは親知らずを抜いたときだけでしたから
なんと30代の最初に歯周病が発見されたんです。
たまたま思い立って歯のメンテナンスに行き
クリーニングしてもらった時すでに40代の歯茎ですと言われたのです。(ガーン!)

 

そのときは何度か通院して処置をして終わり何事もなく過ぎたのですが
妊娠出産のとき、再び歯周病が悪化しました。

 

まずつわりでまったく歯磨きが出来ない時期があったせいなのか
出産後、右上の奥歯がズキズキ痛み出したのです。
まだ授乳中だったのでレントゲンは撮れないと言われ、本格的に治療できたのはもっとあとでした。

 

そしてついに痛みに耐えかねて奥歯を抜くことになりました。かなり膿んでいました。
つづいて翌年に手前の奥歯までさらにもう1本抜くことになってしまったのです。

 

さすがに2本も奥歯を続いて失うと咀嚼がしづらく、その後積み立てをしてインプラントを入れることで対処したのです。

 

今思うと、歯周病もリッパなカラダからのサイン。
血が汚れていたんだと思います。。

 

授乳で太らないことをいいことに、高カロリー高脂肪の食事をしてしまっていたように思います。
(娘よ・・ゴメンね。。。)

 

 

そのツケが歯周病で2本の奥歯を失う。。。でした。。

 

 

 

やっと気がついたこと・・・それは『引くことの大切さ』と『食』の正しい知識

これだけイタイ目にあって、やっと気がついたんです・・・・

 

2009年の春から夏にかけて、いっさんのアトピー悪化もあり我が家の健康と食に関する事情はどんどん変化して行きました。

 

あらゆる気づきと出会いがあり、これまでの約2年間でやっとここまでたどり着くことができました。

 

それからはこちらの『食の大切さ・・・Food&Cooking』に続いていきます。

 

 

私たちのカラダを『ヘルシーな状態』にするためには
何かを足す
のではなく
まずは溜めすぎてしまったモノを速やかに出すために
引くこと
日々食べるものは本当に本当に
シンプル
だったのです。。。

 

 

 

 

 

 

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