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突然の湿疹・・・大人のアトピー性皮膚炎!?  生い立ち

この情報は主に『いっさん』が書いています。

 

まずは生い立ちについて・・・

 

和歌山県の新宮出身で小さい頃は海・川・山と自然豊かな土地でのびのび育ってきました。
高校を卒業するまでは特に病気をすることもなく健康そのものでした。

 

なにせ母親の口癖は『健康第一』でしたので・・・

 

で、その頃の食生活といえば基本的に1日3食母親の手料理でした。
給食もありませんでしたので6・3・3と12年間お弁当を作ってもらってたんです!

 

今思えばこれってスゴイことだと思います。
感謝・感謝です。

 

子供らしい好き嫌いは多少あったかと思いますが・・・・

 

よく母から言われたのは『早食い』のことです。
作っても作ってもあっという間にペロッと食べてしまうので
『もっとゆっくり味わって食べたら、ほんまに作りがいないわ』とよく怒られてました。

 

メニューもやはりけっこうこってりの油物系が大好きでした。
加えてお菓子が大好きでかなり間食していました。

 

その名残でスナック菓子は今でもまだまだ欲してしまうことはあります。
でも、かなり減りましたよ。
前のように一気に一袋食べるような超無謀なことはなくなりました。

 

ちなみに小さい頃にお菓子をあまり食べていない『きょん』はあったら食べますが
わざわざ買ってまで食べようとはしません。

 

この違いはやはり小さい頃の食生活にあるんでしょうね。

突然の湿疹・・・大人のアトピー性皮膚炎!? 実家を離れ・・・

高校を卒業したあとは実家を離れ名古屋の大学に行きました。

 

名古屋に出てからの食生活は今思えばそうとうひどいものでした。
ほぼ毎食が外食のようなもので食べるものも自分の好きなものばかり・・・

 

お菓子はもちろんコンビニの弁当やほか弁。。。
それも好きな揚げ物系統ばかり・・・

 

でもその頃は特に大きな不調もなくなんとかなってました

 

大学を卒業してそのまま名古屋で旅行会社に就職、そして『きょん』と結婚。

 

『きょん』も実家を離れ名古屋に来ていてそこで知り合ったんですが
そこでかなり食生活が乱れたようです。

 

こんな二人なので結婚後の生活も・・・
きょんの実家からおばあちゃんの作ったお野菜を送ってもらったりはしていたものの
今思えば外食ばかりのかなり乱れた食生活がつづきました。
二人ともまだまだ若かったし共に仕事もしていたので仕方のない部分もあります。

 

外食・・・それも仕事上夜が遅いことも多く
飲み会・・・週に必ず一度、名古屋というところはけっこう味が濃いことも今では分かります。

 

そんな生活を何年も続けるとやはりサインが出始めたのです。

 

30歳手前でした。

 

それはアトピーというサインでした。

 

当初はまず皮膚科でステロイドをもらって治療していましたがいっこうによくならず。

 

次に行ったのが中国人の先生もいる『こどもクリニック』・・・
ここで漢方のせんじ薬をもらい飲み始めました。

 

この漢方薬はかなり苦いものでしたが効き目があり症状は治まっていきました。

 

でも食生活はそのまま・・・
原因が何かが分かっていなかったのでしょうがないですが。

突然の湿疹・・・大人のアトピー性皮膚炎!?名古屋脱出・ログハウス建築・独立

30歳になってログハウス建築にむかって進むために名古屋を脱出・8年間勤めた会社を退職。

 

滋賀に移り住んでからは多少なりとも食生活はましになり・・・
でも完全にアトピーは治らないままちょくちょくせんじ薬を飲んでしのいでいました。

 

そして念願のログハウス建築後その流れで独立

 

それからはさほどアトピーもひどくならずにこれました。
40歳手前までは。。。

 

ログハウスは健康住宅と言われるだけあってやっぱりいいなあと思ってましたし田舎の方が肌に合いました。

 

食生活はというと外食が極端に減ったということが一番の変化で
田舎という地域がらもあって野菜を食べることが多くなりました。

 

現場のときもお昼は必ず手作り弁当を作ってもらっていました。
ただ基本的に大食い・早食い・揚げ物大好き・お肉大好き・お菓子大好きは変わっていませんでした。

 

で、結局またしてもサインが出始めたのです。
それはまたまたアトピーでした。

 

38歳の春先にまず第一弾。。。
現場であびる紫外線の影響もあってかなりひどいことに・・・
仕方なく皮膚科でステロイドをもらってしのいでおりました。

 

その年の夏から秋にかけて米原のおばあちゃんが亡くなってその5日後に僕の父が亡くなりそれから約2ヶ月後に今度はきょんの父が亡くなりとばたばたでした。
そんなこんなで何故かアトピーはましになっていました。

 

ただ身内の死を通してその頃から病気と病院と薬などについて真剣に考えはじめました。
人間本来持っている治癒能力のことなど体にとって本当に大切なことが少し分かってきたような。
食生活は基本的に変わりませんでしたが、体にいいと言われるものはなるべく摂るようになっていきました。

 

しかし、次の年の春先に第二弾。。。

 

またしてもアトピー、で去年よりも強烈な症状・・・
その時も皮膚科に頼ってステロイドでしのいでいくことにしました。

 

最初は一瞬できれいになってよかったあと思いましたが・・・
すぐにまた症状がでて、その繰り返しでした。

 

で今回はそれまでなんともなかった背中がひどく自分で薬が塗れないので
朝晩ときょんに塗ってもらってました。

 

ステロイドも強いものに変わっていき・・・

 

?????のままなかなか進展しないままでした。

 

でも色々勉強しているとどうやらステロイドでは完全には治らない上副作用もあることが分かりまずコレを止めることに決めました。
それからはアトピーに効くと言われるサプリ・鍼・嵐の湯・・・いろんなことを試しましたがこれといって効果は得られませんでした。

 

その年の秋はホントにひどかったのでお金よりも体ということでとにかく次から次へと摂取しました。

 

状態はというと、体温調節がうまくできていないせいか寒いし外にでると皮膚が痛い・・・・
仕事もままならず昼間でもよく布団にもぐっていたものです。

突然の湿疹・・・大人のアトピー性皮膚炎!? 謎が解けてから・・・

そうこうして、ようやく『玄米』『1日2食健康法』というものに出会えたのです!

 

なぜアトピーになっているのかがやっと分かったのです。
頭でも完全に理解できました!!!

 

それまでは『足すこと』ばかりしていたのです。
胃腸が弱っているのでどんなにいいものでも効果がでるはずはありません。

 

大事なのは『引くこと』だったのです!
このことについてはFOOD&COOKINGで詳しく説明してありますのでそちらを参照してください。

 

案の定、状況は一変しました。

 

ただその年の暮れに強烈な出来事がありました。
腰痛で動けない、松葉杖生活・・・
詳しくはコチラ・・・

 

この大事件で腰痛とアトピーと胃腸の関係についてもよく分かりました。
本当に感謝・感謝の出来事でした!

 

で症状はその冬はとにかく脱皮がひたすら続きました。
痒みはほとんどなかったのですが、少し乾燥肌状態で皮がむけまくりました。
僕が歩いたあとは白い粉・・・お風呂にも粉がたくさん浮いてて・・・
毎朝ベッドは掃除機をかけてとけっこう大変な時期とも言えるかもしれません。

 

けどアトピーの症状はまったくありませんでした。

 

でようやく次の春先頃から徐々に脱皮がおさまりはじめ・・・
ようやく肌が正常になってきました!

 

それも今までになったことがないようなツルツルの肌に。

 

思えばアトピーがない頃もずっと鮫肌でした。
きっと鮫肌もなにかのサインだと思います。

 

だからこの肌質は???完全に何かが変わったと実感できた瞬間でした!
ひそかにあこがれだったあのツルツルお肌が手に入れられるとは・・・
とにかくうれしい!感謝!感謝!でした。

 

あとあれだけ慢性的に悩まされた腰痛も、今はほとんど心配することがなくなりました。

 

胃腸を健康に戻すといろんなことが体に影響してくれます。
とにかく病気を治す基本といったところなのでしょう。

 

かなり長い時間がかかってしまいましたが気付いたときがチャンスだと思います。
今思えばこんなに簡単でシンプルなことで本当の健康になれるのならやらない理由はないと思います。

 

ある意味、アトピー・花粉症などのアレルギーというサインが出ることは体が正常な証なのです。
体の中に溜め込んで大病になる前に気付けるのですから・・・

 

気付けばそれを改めるだけです。

 

ありがたいことです!

 

本当に感謝です!!!

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